YさんとKさんとヨーガについて②

その1

 

わたしは鼻が低くて、目が離れています。

そんな暑い厨房で顔をピンクにし、必死で働いてるわたしに向かって、つけられたあだ名はウーパールーパでした。 \(◎o◎)/!

 

ほんとひどい~ <`ヘ´>

でも的をえたネーミングです (^◇^)

 

わたしは他にもいっぱい名まえをつけられました。

このように、へんな名前をばかり上手につける名ずけ親

Yおとうさんおげんきですか?

 

さて

夏休みあけ、インドから戻り出勤すると

お前、手で食うってほんまか?
カレーばっかりくうんか?

左手でうんこふくんか?そしたら左手でおれをさわるなぁ~!

とまくしたてられ

さんざんからかわれた挙句、当時つけられたあだ名は、インド人でした。

 

「来年一緒にいきますか?」と切り返すと

肉食べられへんやって、おれ他にたべるもんないやんけー

酒も女もタバコもあかんって、生きてる意味ないやんけー

と、めっちゃくちゃズバリなことをいわはりました。

 

本当にそうです!

人間って

食べて、交わって、毎日の生活に追われているのが実際です。

そして酒やたばこやおいしいものを食べて気を紛らわす毎日です。

 

だけど、人間に生まれたっていうことは

本当はもっと重要なことをするチャンスが与えられたことなんだそうです。

それだけで一生を終わらせちゃうのはもったいない、

そうインドの先生はおしえてくださいます。

 

ヒトは霊長類というぐらいなのだから、確実に霊的存在です。

霊とか魂とかいうと、とてもいかがわしい感じがぬぐえないけれど

昔から霊長類なんて言葉を使っているのだから、

古い日本人は ヒトというのが単なる体だけの存在じゃなく霊的側面があることを

無意識に理解していたのだと思います。

 

だから、ただただ、毎日を五感を楽しませて物質的喜びで終わらせるのではなく

人格的成長というか、霊的成長ができるよう費やすこと重要なんです。

ヒトとしてうまれたからにはそれができるチャンスだし

ヒトとしての義務なのだという気がしてなりません。

 

そして、その成長にはいろいろな方法手段があるのだと思うけれど、

わたしはヨーガという方法をつかって、昇っていきたいです。 

偉そうに書いては見ましたが・・・・・

毎日毎日、一瞬一瞬、わたしは欲望に負けっぱなしです。

だけど、少しずつ少しずつでも、のぼっていきたいです。

「目指せヨーギックライフ」なんです!!!

 

つづく